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美味しい日本酒のお話

 第五話 吟醸酒は、香りが命? (その一)


香れば尊し…

 不味い酒ばかり飲んで(飲まされて)日本酒嫌いだったのに、吟醸酒を飲んで日本酒好きになったという人には、私も数多く出会いました。それほど、吟醸酒の出現は衝撃的でした。
そこで生酒と同様、吟醸酒こそが新しい時代の日本酒だと思われたこともありました。

 実は、吟醸酒というものは、かなり古くから造られています。良質の酒米を選んで高精白し、杜氏や酒蔵の名誉を賭けて仕込まれる吟醸酒は、まさに最高峰の酒でした。
精魂込めて造られ、出来の良い酒に仕上がったとき、えも言われぬ芳香が漂います。
そしてそれは「吟醸香(ぎんじょうか)」と呼ばれました。

 その頃は、なぜ香りが出るのかという理屈などわかりません。吟醸香は、心血注いだ結果恵まれるものであって、狙って出せるようなものではなかったのです。

 このように、もともと吟醸酒の香りというものは、その名の通り、吟味して醸(かも)した結果であったはずなのに、いつしか香り自体が目的となっていきました。
吟醸酒の歴史とは、香りを出そうと苦心してきた足跡だとも言えるでしょう。

 吟醸酒造りにみんなが必死になった背景には、品評会や鑑評会の存在があります。品評会、鑑評会での入賞は、蔵元や杜氏にとって最高の栄誉であり、それ以上ない宣伝効果をもたらすものでした(過去形)。そして、入賞率を高めるためには、香りを出すことが一番だったのです。

 業界全体が、いかに香りを出すかという課題に精力を傾け、それに伴って、香りの出やすい造り方が考えられていきました。そうした努力の甲斐があってか、香りの高さについては、現在、行き着くところまで行った感があります。

 「香りがもっと出れば…」と追求し続けてきた結果、プンプンするほどの香りを出すことも可能になりました。
では、果たして今の吟醸酒は、本当に最高峰の酒になり得たのでしょうか?
残念ながら、答えは否です。

そして酵母…

 問題は、いかに香りを出すかということに焦点が合わされてきたことでした。
前にも触れたように、「まず香りありき」というのは、そもそもの吟醸酒の成り立ちからしたら、目的と結果が逆です。
吟醸酒を日本酒の最高峰と位置付けるのなら、本当は、酒の底力が見えるような旨い酒を目指さなければならなかったのに、香りにとらわれすぎたのだと思います。

 現在、香りを高く出せるようになった大きな要因に、「酵母(こうぼ)」の開発があります。
酵母は酒の発酵を司る微生物で、要するにアルコールを造ってくれるのですが、同時に、酸や香りも造ります。
その特性に着目し、酵母によって香りを高めようとする研究が進められてきました。
最近は、バイオテクノロジーの進歩もめざましく、日本中でさまざまな酵母が開発されています。特にこの十年というもの、酵母開発によって、吟醸酒の香りの量は飛躍的に伸び、以前では考えられないような高い香りの酒が造られるようになっています。

 酵母だって生きものです。バイオテクノロジーと言えば聞こえは良いのですが、生きものの命に手を加えるということでもあります。
工業製品ではないのですから、酵母を“開発する”という発想そのものが、私には不自然に感じられてしまいます。
現在の香りの高さは、自然界ではあり得ないレベルのものです。
酒を自然の恵みだと信じている私には、お客様がいくら望まれたとしても、そういう酵母を使って、プンプン系の吟醸酒を造る気になどなれません。

 また昔と今では、香りの量だけなく、質も違います。
「香り」とひと口に言っても、多様な香気成分が集まったものなのですが、最近の酵母開発は、ある特定の香り(専門用語で恐縮ですけれど、「カプロン酸エチル」という成分)が高くなることを狙ったものがほとんどです。
この香りは、量を増やしたところで酒の旨さには何ら貢献しませんし、とても旨そうな″≠閧ニは感じられない、と私は思っています。

 最近は、「吟醸酒で日本酒を好きになった」人よりも、「吟醸酒は苦手」と言う人に会うことの方が多くなってきました。
飲み手としての私も、高い香りの吟醸酒には魅力を感じません。ただし、そういう酒のあることが問題ではないのです。
酒の好みも人それぞれですし、高い香りで日本酒に目覚める人もいるでしょうから。
しかし、それこそが吟醸酒だ、最高の日本酒だと言われても困る、というのが私の本音です。

 ちょっと否定的なお話ばかりしてしまいました。反省しつつ、次回も吟醸酒の話題を続けます。

竹鶴酒造 杜氏 石川達也




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「吟醸酒は香りが命(その2)」

 
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